大石と菊丸がシンクロして、きっと分身して六人になったり「大石ビーム」がでたり「ムーンボレーだにゃん」とか言うんだ!
紅月です。デスノートもそれらしくなって、デスノートとはこうあるべきだ、とオペレーションメテオのごとく言ってました。
今、僕が言うこともそうですけれど「自分はこう思ってるんだ」と主張すること。それが人とのコミュニケーションを生んでると思うのですよね。というか、当たり前なのかもしれません。 もし、相手の言ってることを少しも気にしなければそれに対して同調したり文句言うこともなく、きっと挨拶しかなくて人と会話することもなくなるんだろうと。物を買うにも「何円です」といわれて手渡すだけ。
人が特に会話をせず、ただ一人だけで何でもするようになる世界。きっと、世界の滅亡ってそういう風に生まれるのかなと思います。
そんなわけで僕らが何か考えを言うっていうのは少なからず「自分はこう思ってるんだ」というアピールを含んでるんだろうと思うのですよ。 それが強すぎると「俺を認めて!」となるんだと。
で、後者の強すぎる人って大抵は他の人に煙たがられますよね。自分の価値観押し付けるな! みたいに。 でも、そうやってその人を「自分勝手だよね」みたいに文句を言っている人は「自分勝手な人って嫌だね」と思っているんだ、とアピールしてるというか、そう言う考えをもってるんだと認めてもらいたがってるんだろうなと思います。無意識にしろ。
何を言いたいかといえば、人に強制してくるような意見を言ってくる人と、それを「嫌だね。人それぞれじゃないのー」と文句を言う人って、同じなんじゃないかと。 ただ単に同調者が多いか少ないか。その意見を言ったコミュニティで多数派か少数派かの違いだけなんだと、僕は思うのですよね。
同調者が多いとどうも絶対の正義、と考えてしまう。その気持ちも分かりますけれど、そんなところまで気づかず昇華させるのは問題かと。
結論としてはやっぱり何を言うにもフォローが必要ってことなんですけどね。
ただ、人の受け取る力に頼るんじゃなくて、あくまで自分の力で相手に伝えるようにしないといけないと思います。 「意味を取り違える」ことと「意味は理解したけれど納得できない」は全然違いますしね。
どうにも「意味を取り違えてる」だけなのに「分からない人に言っても無駄だ」となってるような気がするのですよね。何事も。
本当、もう少し冷静になろうよホモサピエンスなんだからさ、と思った紅月でした。
特に誰かに言ったわけじゃないけれど、もちろん自分も含めて自戒せねば。
……前に書いたことと同じかな(汗) テーマ:物書きのひとりごと - ジャンル:小説・文学
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