| ばとーん |
何バトンだろ? と〜かさんから回ってきました。
(1)PCもしくは本棚に入っている「小説」
思い切り売り払ったので残っているのは数冊。てか、実は引越しするって言うから荷物になるから売ったのに結局しないし。 独立したら集めよう、ザ・サードは。
(2)今妄想している「小説」
絶望小説 人から希望だ希望だと魔王を倒す役を押し付けられ必死に戦うも、仲間は全員死亡。 しかも勇者を人柱として捧げればみんなの命を助けてやるという約束だった。 でもボロボロになった勇者の前で魔王は世界の人間は全滅させる。 それを見て勇者の力が覚醒して魔王倒す。 自分が本当に勇者だったと知った驚きと、全てを失った後に目覚める勇者の力のタイミングの悪さに絶望。自分の胸に剣を突き刺して死亡。
それから1000年後に化石になった勇者を、新たに生まれた人類が見つけて「きっと人々を愛し、人々に愛されて正義のために戦ったのだなぁ」と英雄伝を作られて終了。
誰も真実を知らず、読者のみが虚しさを感じる形式。
(3)最初に出会った「小説」
なんだろ。太宰治の人間失格かな。小学校低学年の時だったから途中で止めましたけど。
(4)特別な思い入れのある「小説」
「魔術士オーフェンはぐれ旅」ですかね。 これでラノベに完璧にはまって、一次小説を書くようになったのだと思います。秋田節最高です。
(5)バトンを回したい5人
そうだなぁ。
木口アキノさん「ゲーム」 ピカットさん「思い出」 鏡一郎さん「歌」 クッパさん「ラノベ」 涼暮月さん「ジョジョ」
涼暮月さんに特に頑張って欲しい(笑)
「」内を送った言葉に代えて答えてくださいまし。
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| 冒頭 |
昨日の夜に「『冒頭に死体を転がせ』って主人公の強烈な動機付けしろって意味で、単に驚かせろってことじゃない」って話を聞いて。
冒頭で人が死んだりしてその復讐のために! とかはインパクトも動機付けもあると思うのですが、別にインパクトなくても強烈な動機付けって可能なんだな―と思ったのでした。 つまりは、インパクトがない冒頭というのと、静かだけどインパクトある冒頭は別物だって事。
最近読んだ本は「NHKにようこそ」と「砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない」と「つきのふね」なんですが、先の二つはインパクトも動機付けもありますよね。 陰謀に気づいたのは俺だ! とか死体発見記事とか。
でも「つきのふね」は普通に学校生活での進路がうんたらって所から始まる。でも、主人公が十七歳なのにもう人生に疲れてるってことでなんか諦めている。 静かだけど、主人公の動機付けは大きいかと思います。
僕自身「静かな冒頭=インパクトない冒頭」で、それでも内容面白ければいいやと思っていたので修正しないと駄目ですね。 状況での盛り上がりを使えないという点では難易度が上がるって事を理解しておかないと。
あと、いくつか知り合いの話を読んで冒頭が中途半端な始まり方だなという印象をもったのですよね最近。 六時から始まるアニメを、六時三分から見てるような気がしたり六時七分から見てるような気がしたり。 もちろんこの感覚が絶対正しいとは思わないけど、正しいと仮定するなら、読者視点に立ちきれてないのかなと感じます。
書き手は主人公もヒロインも登場人物もストーリーも理解してる。 それらをどう書こうかと考えると脳裏に映像が浮かんでくる。 でもその映像は『書き手が持つ情報から構築された映像』であって、読み手は全く知らない。 プロ作家さんやある程度以上経験を積んで人様に読まれることに慣れている書き手さんなら、読者からはどう見えるかというのも情報として頭にあって、それも含めた冒頭映像を構築できると思うのですが。
もし、その読み手が全く知らないということを理解していないでそのまま書いてしまうと、読み手不在でいきなり話が進み出す冒頭になってしまうかもしれない。
これも小説や漫画やドラマやアニメを漫然とじゃなく少し気をつけて見たり、書いて読んでもらって批評されるうちに修正されていくと思うのですよね。
最初は六時十分から始まっていたアニメが七分、五分、三分と修正されていって、最後にはちゃんとOPから始まる。 そしていつもそんな冒頭から作品を書くことが出来るようになる。
「人のために書く」ってことを常に頭に入れておくことが大事なのかなと思いました。
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