
| 言える人≠書ける人 |
先日、投稿者たちが凄いなれあいしているサイトを見つけました。別にそれが悪いわけじゃないです。その中では本当に楽しむだけで創作してるんだなーと分かるので、そこの人達が「ここ直したほうがいい」「こうしないほうがいい」と言われるサイトに行かなければ良いだけだと。そして普通に批評する人がそこに行かなければ良いだけだと。
プロを目指している人、アマチュアでも上手くなろうとしている人からしばしば「上手く書けなくて面白いのか?」ということを聞きました。上手くなろうとするのが当たり前、みたいなのも。 でも、僕は書き始めの頃には上手くなろうなんて欠片も思わなかったし、今と比べたらより稚拙な文ですが特に恥ずかしさは感じません。恥ずかしさを感じるのは内容です。若い!(笑) その頃は書くことそのものとか、物語を描くことの楽しさっていうのだけ追求していたから。 今はもう少し先に進んで、文章表現とか凝ったストーリーとかに目が行くようになりましたが。 自然とそうなる人やならない人はいて当たり前だと思っています。
そんなわけで「そこまで言うならお前はさぞ素晴らしい作品を書けるんだろうな?」という作者レスが横行するのも、そこでは許されるんだろうなーと思いつつ、少しだけ考えたこと。
僕が今ネット上で関わっている部分では「そこまで言うならお前はさぞ素晴らしい作品を書けるんだろうな?」という発言をする人は幼稚であり、感想批評はまず今後送られないというようになっているはず。
でも、他人の作品を「これこれこういうようにしたほうが」って指摘出来る人の作品はきっと凄い上手いんだとか面白いんだとか思うのって、僕は普通だと思うのですよね。自分に生かしてこその技術だし。 例えば「井の中の蛙」って言葉は覚えているけどさて意味は何?とかなったら意味ないし。 意味を理解してこそ単語を覚えているってことだし、理解しているなら使えるはずだし。
だから創作についての指南を載せている人の作品ってより厳しく見られて当たり前だろうし、分かってるのに書けないのかよと糾弾してくる人もきっと出てくる。 そんな人達が良いか悪いかというよりも「小説の書き方」というのを載せている時点でそんなリスクはあると思います。 数学の先生が因数分解解けなかったり、国語の先生が試験で生徒に点数負けたりすると多分、生徒も「えー?」とか思うんじゃないかなと。
「小説の書き方」とか言っている人は大なり小なり「書けない人に書き方を教える立場」であって、先生なんですよね。もちろん、ただ一人の先生の考えが絶対ってわけじゃない。でも、同じ立場の生徒が間違えても「しょうがないな」で済ませられますが、先生なら「先生なのに」と思われても仕方がない。
そもそもプロじゃなくてアマチュアなんだから、同じ立場の生徒だ! と言われると確かにそうなんですが。 例えば歌を歌うのが下手な人がいたとして、それをジャイアンに「お前へたくそだなー」と言われる。 自分が歌が下手というのは事実なんだけれども、ジャイアンも十分下手。
「お前に言われたくない!」
というのは人間自然な感情だと思うのですな。
だから感想批評するほうも「下手だなー」とだけじゃなくて「こんなところがずれてますわよ」みたいに言葉に気を使わないといけないだろうし、その指南がある程度説得力あるならなおさら自分の作品の完成度上げないといけないと思います。というか、それだけのこと書いてる人は普通に上を目指しているだろうから心配はなさそうですが。
あと、ハウツーサイトの管理人さんもまたアマチュアとは少し違う気がします。アマチュア以上プロ未満というか。 生徒は教科書は書きませんし、先生も教科書を書かないことは書かないんですが、教科書を用いて生徒に説明すると言う点が酷似してるなと。 ネット上で「小説の書き方」を公開してるってことは教科書を発行しているってことだと僕は思っています。そして自分がまとめた教科書にしたがって他の人に感想批評していると。 人様の感想にこうしたほうがいいよーと書くことと、文字として「こうしたほうがいい」と載せているのは同じようで違うと思います。人様への感想批評はその人と周りくらいですけど、文章として乗せているのは不特定多数が見るんですから。
僕はどうかと言われれば、文章化できるほどの理論ってないのです。自分がおかしいなーとかこうしたほうがいいなーと思うところはありますけど、自分の考えがそのまま創作概論に繋がるかということには自信ないですし。だから書き方とかは載せない。 載せられるとすれば……考え方くらいでしょうね。僕はとりあえずこんな考え方で書いてます。また、違う考え方で書いている人もいます。あなたはどうですか?
結論
多分、言葉に出されなくても「お前これくらいしか書けないのかよ」というのはあると思います。更に批評を「こういうもんなんですよ」とか「こうしたほうがいい」ってちゃんと言える人は期待もプラスして見られるだろうなと。
あと別にハウツーサイトを否定してるわけじゃないです。読み専の人もいますし、知っている技術を教えるオンリーって人もいる。 相手の知らない料理のレシピを知っている。そのレシピ通りにすれば料理はできるけど、更に美味しくするには経験が必要。それと同じかと。 本当にただ情報を提供する、という場所はあったほうがいいと思ってます。
ただ、ハウツーと小説書きを一緒にしている人は、より厳しい目で見られるのは間違いないだろうと僕は思います。 二つそろうとやっぱり、ね。
見る見られるの意識は忘れずにってことで。
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