| 創作姿勢をちょっと語ってみたりする日 |
バレンタインデーが明日だと今日気づいた紅月です。そう言えば、なんで土曜日は何の日だから休日だったんだろう?
初心者さんとお話をする機会があって言われたのですが。一応本人の了承は取ってるので話の種に用いようと思います。
「読んでもらえない作品を書くことほど、無駄なことはないです」と言われてそりゃあ違いますよーと言ってみました。
僕の考えでは、無駄に思うものがあるような趣味は考え直したほうがいいと思っています。 趣味って好きだからするものですし、好きなことに無駄だとかマイナスなだけの感情を持ち込むのはおかしいと思っているのですよね。
小説に限っていえば、無駄なものなんてたくさんあります。 だって、短いものでも数時間かけて書いて、読まれるのはたった数分ですよ。多くて十分少々。無駄無駄いうならば、これほど無駄なことはありません。無駄を回収するには読み手にも書いただけの時間を読んでもらわないと割に合いません。 無駄を嫌うならばそもそも小説は書けません。まともに小説を書こうとするならほとんどは資料集めでしょうし、プロは数ヶ月頑張って書いたものをたった数時間で読まれてしまうんですから。それでいて読者は内容の情報量というか、濃さに「凄い!」とは言うけどそれを書く為に費やした労力は意識しません。それは悪いことじゃなくて、そういうものだと僕は思ってます。
もちろん、初心者さんの言った「無駄」っていうのは違うでしょう。 自分が書いた作品がそもそも読者に受けない。当人は「自分が思ったほど受けなかった」と言って、そんな作品は書くだけ無駄という意味です。 でも「自分が面白い! と思って書いたものが実はあんまり受けなかった」ということが分かったのは大事なことですよ。人にそのネタを話して「あんまり面白いとは思えない」と言われるよりもずっと理解できます。 無駄になるかならないかは、僕は自分の気の持ちようだと思います。少しだけ横道にそれますが、僕がちょっと不快なことがあって愚痴をこぼしていたら、違う方向からのアプローチを示されて「なるほど……」と納得して気分が晴れたことがあります。見方を変えるだけでずいぶん違いますよ。
話を元に戻して、無駄と思わないことだよーっと言ったら「勉強しないといけないし、趣味にかけられる時間があまりない」と返されました。 そもそも時間を取られるのが嫌な趣味は止めてしまいなされ! とちょっと冗談めかして言いました。 「趣味」って本来やること以外の気晴らしでしょう? そして、それは本来やることが忙しかったなら出来なくても仕方がないものだと思うのです。忙しくて何年も書けなくても、時間が出来たら書こう、と思えるのが「趣味で小説書きます」ってことじゃないでしょうか。
趣味だから気を楽にして書きたい。でもすぐに上達したいし、皆に広く受け入れられたい。
それは……凄く都合がいい考えだと思いました。 上達するには時間をかけないと駄目でしょう。理論だけ学んでも実戦しないと身につかない。実戦(執筆)するにはショートショートで2時間くらい。一日に実働時間が睡眠を六時間としても十八時間。そのうちお風呂入ったりご飯食べたりすると二時間半くらい。学生さんなら学校に移動時間も合わせて八時くらいから四時半までだから八時間ちょい。 帰宅部でも自分の自由に出来る時間って七時間くらいです。そのうち小説に二時間費やしたら五時間。自学の時間は五時間だけ。それで支障をきたさないならいいですけど、結構きついのではないかなと思ったりします。 もちろん、長編なら何日も何日もかかるでしょう。
少ない自由時間の四分の一くらいを費やして書いたものが受け入れられないことに無駄を感じるの何となく理解できます。でも、そもそもそれを無駄と思うのは「簡単に良い作品を書ける」と思ってるからじゃないだろうか。
当たり前のことですけど、何かをやるにはそれなりの時間が必要です。 カーリングとかってやったことはないんですが、あれは単にあの玉を滑らせてモップで掃くだけに見えますけど、凄い練習しないと素人がやったなら狙ったところで停止なんて出来ないと思うのですよ。どれくらいの速度で滑ってどれくらいの力で滑らせて、どんな感じで掃けば目標点に止められる、ていうのは身体で何度も体験しないと分からないと思います。
上に行けば行くほど「かけた時間=見合う実力や評価」にはならないと思います。それがかなうならば、作家を目指す人は一定の基準を超えればみんなで作家になれることになります。でも、実際には報われない苦労が大半だと感じます。 趣味を超えて、自分が生きていくために必要な時間以外を小説に費やしているはずの人達がそうなのに、趣味であまり時間取れない、と言ってる人がそれ相応の評価をもらえないのは当たり前だと思います。 その初心者さんの理論で言えば「作家になれないからそれまでの時間は無駄」ってことになります。
言いたかったのは、結局はどんな小説を書こうとも、かける時間を無駄と思っていては始まらないってことなんですよね。
早く上手くなりたいという気持ちは十分分かりますけど、でも言ってる割にはそれなりの時間をかけてはいない。だから伸び悩む。 「何でだろう? なんでこんなに書いてるのに伸びないんだろう」と悩んでスランプになって、やがて書くのが楽しくなくなって終わる。それはあまりに残念ですよ。
そういうのを自覚するのには紙に書いてみるといいのではないかなと考えました。 紙に自分が望むことを書いてみる。例えば「小説が上手くなりたい」と書く。 次にそれに必要なことを書く。 「小説を読む」「ハウツーサイトを回る」「小説を書く」 最後にそれに必要な時間を書く。 小説は一冊何時間かかるーとか。多分、文字に表すと「小説が上手くなりたい」という単純な願いを実現するのにどれほど時間がかかるか分かると思うのですよ。で、それに時間をかけたくないって言ってるのがちょっと微妙だな……と感じられると思うのです。だってここでいうなら「小説を書く」以外は誰かに評価されることじゃないでしょう。小説を書かないと評価はもらえない。でもそれまでにやることは多い。一つのことに結実するのに無駄な時間はないです。結実した結果が芳しくないなら、それは次の作品に結実するのに必要な要素となる。 たった一つ作品を書いて終わりなのかと。何年続けるか分からないですけど、何作も作品を書いていくんだから、一つの作品で無駄だと思ってしまったのも糧に変えれば良いんですよ。
少しだけ、肩の力を抜いてみてはどうでしょうかね?
とまあこんな感じのことを長らく話してました。初心者さんは納得していただけたようですが。
久しぶりに長らく書いて疲れた(笑) でも言いたかったことを一応ちゃんと言えた気がする。 テーマ:雑文 - ジャンル:小説・文学
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